転院後の診察

 X病院での診察は午後だったので、午前中の飛行機で移動した。熱気と観光客であふれる祭の中を潜り抜けて空港に移動したけれど、祭の賑わいが、なんだか遠い世界に感じられた。映画館でスクリーンを見ているような、ガラス越しに違う世界を見ているような、そんな感じだった。

 飛行機も、乗る度にワクワクしていたけれど、さすがにその時は気分が重かった。飛行機が飛び立つときに、整備士さんたちが手を振ってくれるのを見るのが好きで、いつも窓にかじりついて見ている。晴れていても、雨が降っていても、「行ってらっしゃい」と言うように手を振ってくれる姿を見ると、何かいいことがあるように思えるのだ。その時は、整備士さんたちが手を振る姿を見ていたら、不覚にも涙がぽろぽろ出てきた。二日後に戻ってくる時、私はどんな気持ちで帰ってくるんだろう。無事に帰ってこれるのかな。来年の桜は見れるんだろうか。来年の祭は見れるんだろうか。そんなことを思っていた。たまたま隣が空席だったので、気が緩んだ。周囲に人がいる中で泣くなんて、初めてだった。

 コインロッカーに荷物を預け、病院へ。血液検査、マンモグラフィーMRIを撮ってから診察。緊張して、変な汗が出ていた。

 A病院からの検査結果も踏まえて、診察と今後の方針を決めていく。MRIの結果は、「典型的な粘液がんの画像ですね。画像上は散らばりもないし、腫瘍の大きさからも、温存手術できます。」とのことだった。

 A病院で「肝転移の疑い」と言われていたCT画像だが、X病院の先生はその画像を見て、「明らかに腫瘍ではないですね。血管腫の画像です。転移ではありません。安心してください。現時点ではステージ1なので、手術可能です。」と言ってくれた。ほっとして、緊張が緩んだ。「A病院では、大きく形が崩れるって言われたんですが…」、「内側に切り込みを入れて形を整えるので、大きく形が崩れるということはありません。ボリュームが少なるなる、という感じです」。温存手術で行けるのか、とほっとすると同時に、愕然とした。同じ画像を見て、「がんの転移かも」という医者と、「明らかに転移ではない」という医者がいる。ステージ1とステージ4、まずは手術と手術は形が崩れるから半年間の化学療法…命を左右する、方向性の違い。私は、X病院のこの先生は信用できると思っていたので、A病院で言われたことは、さっぱり忘れようと思った。

 手術日は約三週間後の日付で確定した。X病院では、温存手術の場合は2泊3日、手術の翌日には退院だそう。え?大丈夫なの?と思ったが、ドレーンを入れないので、手術当日の夜からトイレにも自力で行けるし(なのでカテーテルもなし)、翌日退院で大丈夫、とのことだった。手術後約1か月で病理検査の結果が出るので、治療方法の決定はその後だが、一般的には、温存手術の場合は手術後に25回の放射線照射を行い、その後はルミナルAならホルモン療法、ルミナルBなら化学療法をした後にホルモン療法を行うとのこと。A病院からの資料には、最初のクリニックでの生検結果の詳細データも入っていて、生検ではKi67は25%なので、ルミナルAかBかは微妙なところだったが、「ルミナルBであっても、化学療法は希望しない」と先生に伝えた。先生からは理由を聞かれ、一通り説明したら、最終的には患者さんが決めること、と納得してくれた。

 また、放射線治療は地元の病院でもできるか聞いたら、「希望する病院に紹介状を出して、放射線だけ地元で行うこともできる」とのことで、これもほっとした。もちろん、A病院以外でだけど…。

 最後に、看護師さんから手術、入院の説明をしてもらった。術前の通院はあとは必要ない、付き添いは不要(来てもいい)、保証人の連絡先が必要、手術前日は昼前に入院して…などなど。・・・親族が来ないと説明もできない、というA病院とは大違いだな、と思いながら聞いていた。救われた気持ちだった。

 というわけで、翌日は1日フリーになったので、気晴らしに水族館に行った。ほっとした気持ちで、ペンギンやチンアナゴを眺めた。いいな~、私も日がな一日ゆらゆらしたい~と思った。そう思えるぐらい、少し元気になった。さらにその翌日、飛行機で帰宅。だいぶ気持ちも落ち着き、「来年の桜の時期には、治療も一通り終わっているのかな」なんて考えていたら、今度はほっとして、涙が出そうになった。